-->
2013年6月4日火曜日


在米国日本大使館 経済班 二等書記官


小寺次郎さん                  




初志貫徹。外交官として活躍中の小寺次郎さんには、この言葉がぴったり当てはまる。「天下国家のために尽くしたい」という学生時代からの思いは、今でも全く変わっていない。外交官としてその実現に向けてひた走る小寺さんからは、一切の迷いも感じられなかった。そして、国益への貢献を常に追い求めてきたからこそ、あるとき自らに訪れた「ピンチ」を、国益にとっての「チャンス」と捉えて挑戦することが出来たのだという。
これだけ熱意を持った人が日本の行政を支えてくれている、そう思うだけできっと心強くなれるはずだ。





きっかけは父の教え

Q. 外交官になろうと思ったきっかけは?

公務員だった父から、幼い頃から歴史、経済、政治のことを聞かされて育ってきたこともあり、高校に入る頃には、将来は父のように天下国家のために尽くしたいと思うようになりました。
中でも、外交の道を選んだのは、外交はまさに国の政策の根本、国策であると考えたからです。日本の歴史を振り返ってみても、明治維新、日露戦争、太平洋戦争と、国家の存亡に関わる危機的状況はすべからく外交を起因にして起こっています。それは、一つには、外交は他の公共政策と違って公権力を背景にせずに相手国との交渉によって成り立つものであり、失敗すればそれによって蒙る損害が重大であるからです。そこで、政治・経済・文化と様々な側面から総合的に我が国の外交政策を立案し、この国の舵取り役を担うことの出来る外務省を志した次第です。

父の教育のおかげか、今でも「今後日本の将来はどうあるべきか」といった青臭い議論をするのは好きですね。実際に職場でも、中国の台頭を踏まえて日米同盟はどうあるべきか、近隣諸国との歴史の問題を解決するにはどうすべきかといった議論をすることが多くて、そういう意味では今の職場を選んで良かったなと思っています。


Q. 学生時代は勉強一筋でしたか?

そんなことはありません(笑)。むしろ、大学入学後は、テニスサークルに入ってテニスに熱中していました。また、総勢約1200名のメンバーから構成される早稲田大学庭球連盟の副委員長も務め、団体戦や早慶のテニスサークルの合同テニス合宿を取り仕切ることもしていました。これだけ大きな組織を運営することができたことは、社会人になる上で非常に良い経験になったと思っています。

「学生時代にどんなことをしたら良いですか?」という質問をよく受けるのですが、私はいつも「何か一つのことを達成するために組織を運営する経験を持つと良いですよ」とお答えすることにしています。一人の力では、どんな偉業もなしえないからです。


国益を思う気持ちがあったからピンチから逃げなかった

Q. お仕事でチャンスをつかんだ経験はありますか?

まだ若手なので、大きなチャンスを掴んだ経験はありませんが、振り返ってやって良かったと思うことはあります。一つ例を挙げると、通訳の業務です。

私は、帰国子女ではなく、外務省に入った後に研修で2年間留学してようやくアメリカ人とある程度話ができるようになった位でした。そんな自分がDCに来てまもなく、急に「来週○○議員が訪米するのですが、米政府要人との通訳をお願いできませんか?」という依頼が舞い込んできたんです。

びっくりして「えーと、できる限りやりたいと思いますが・・・」としどろもどろに答えていたところ、その様子を横で見ていた上司から、「バカモン!若手は仕事のなんて選り好みせずに、依頼が来たら全部二つ返事で受けるもんだ。この仕事はやる、あの仕事はやらないなんて言っていたら、いつか誰もお前に仕事を頼まなくなるぞ。初めてで不安なのかもしれないが、ダメだったらダメでその時また勉強したらいい。とりあえずやってみろ!」と雷が落ち、震え上がって引き受けました。初めての通訳業務で、かなり緊張しましたが、何とか滞りなく会談を終えることができました。

この一件があった以降、依頼があったら通訳の業務は全部引き受けることにしました。過去2年間で、40件くらいのアポの通訳をこなしたでしょうか。正直言って、私の英語は今でも日本人訛りの発音で流ちょうとは言えないし、実際に2年間の通訳で失敗した場面も多々ありました。ただ、一つ言えることは、2年間通訳業務から逃げなかった自分は、2年間通訳業務から逃げまくった自分よりは確実に成長したであろうということです。でもそうなったきっかけは、チャンスというよりピンチだったんですよ。でもピンチから逃げなかった。

世の中には、自分より優秀な人も英語が流ちょうな人もいっぱいいるし、小さいときから海外に住んでいた人の英語力に追いつき、追い抜くのはなかなか難しい。でも逃げた自分には勝とうと思ったんです。2年間通訳を逃げまくった自分と、2年間通訳を逃げなかった自分とを比べたら、当然逃げなかった自分の方が国益に貢献できるであろうと。そう考えると、精神的に少し楽になりました。


Q. チャンスの先にあるのが国益なんですね?

国に貢献するという観点に立てば、自分が帰国子女の人々のように流ちょうな発音ができなかろうと、関係ない。自分が通訳のエースになれなくとも、自分が通訳を担当することで、ほかの通訳官の負担が減るならば、それだけでも国益に貢献していると思うんです。

たとえるならばテニスの団体戦です。団体戦では色々なタイプがいて、絶対的なエースとしてシングルス1で勝つ人もいれば、目立たないけどダブルスで着実に勝つ人もいる。シングルスのエースを活かすためには、そうやってダブルスで固く勝っていく人だって必要と私は思うんです。


実力があるから人に優しくできる

Q. テニスのたとえは面白いですね(笑)

私自身、テニスから色々な教訓を得ましたね。実は、先日、テニスを始められたばかりの職場の方々と手取り足取り教えながらテニスをしていたところ、「小寺さん、テニスコートでは優しいんですね!」と言われました。「思わずそれって『職場』では優しくないってこと?」と突っ込み返してしまったんですが(笑)。実際、結構職場では厳しい人と思われていたようなんです。

なぜテニスコートでは優しくなれるんだろうと考えたのですが、一つには、自分はテニスコートではビギナー相手であれば次にどういうボールが来るのかすぐ分かるし、どういう打ち方をしたらよいか分かりやすく教えてあげられるし、ペアがミスをしてもカバーしてあげられるだけの実力があるわけですね。
ところが、職場では、まだまだ発展途上の語学力でもって、時として自分よりもずっと年上で経験もある米国政府関係者とやり合っていかなければならない。

逆に、もし自分が職場でも、テニスコートでビギナーを相手にしているように、経験と実力が豊富にあって先行きについて十分な見通しを持って職務に取り組むことができるのであれば、もっと人にも優しくできると思ったんです。
やっぱり国を守り、夢を実現するためには、単に優しいだけじゃなくて、実力がなければダメなんだと思いました。だから、今はまず、語学や政治・経済・国際法の知識といった外交官としての実力をつけることに専念しようと思っています。


Q. 今は大使館で二等書記官として働かれている訳ですが、現在のお仕事にはどのような能力が求められるのでしょうか?

3つ挙げられると思います。まず英語力。これは外交官として不可欠の能力ですね。
次に、私は米国通商法を担当しているので、条文を読み込めるだけの法律の素養、国際法の知識が必要ですね。日本では通商交渉を含む外交に関する権限は行政府にありますが、米国では国際通商を規律する権限は議会にあると憲法で規定されていたり、通商政策にかかる法制度は、日米で全く異なる側面があります。

敢えてもう一つあげるとすれば、信頼関係を築く力人としての幅、人間力とでも言えるかもしれません。外交は、人と人との信頼関係を土台に行っていくものです。理屈ばかりが立って仕事の話ばかりをする人とはなかなか信頼関係は築けません。歴史、文化、スポーツ等々、人間としての幅の広さがあって、初めて深い関係築けるようになるものです。そういった観点から、米国滞在中、自分は、飲み会やホーム・パーティー、テニスを通じて、信頼関係を築くことにも専念してきました。



目指すは「日本国の安全と繁栄」

Q. 今後はどういった地域、分野に携わっていきたいですか?

大学院時代、日中韓の歴史認識問題に関心を持って勉強していたこと、ワシントンDCではTPPに深く関わっていたことから、アジア太平洋地域に関わっていきたいと思います。分野としては、これまでは経済関係の部署ばかりでしたが、今後は政治、安全保障といった分野にも自分の幅を広げていきたいですね。
ただ、自分の人事異動の希望届の最後には、「上記に関わらず、日本国の安全と繁栄のために貢献できる場所であれば、全力を尽くす所存である」と必ず書くようにしています。


Q. 日本の安全と繁栄を確保するというが小寺さんにとっての最終目標、ということでしょうか?

格好いい言い方をすれば、そうですね(笑)。その最終目標を達成できるのであれば、正直私は何処に配属になっても良いと思っています。

昔、官庁訪問の時に、ある方から、「君、A省、B省、C省、色々あるけど、これらの最大の違いわかるか?『住所』や。みんな立場は違えど、国益に貢献したい気持ちは変わらへん」と言われたことを今でも心に残っています。与えられたポストが自分の天職なのだ思って、そこで最大限日本の安全と繁栄に貢献できるよう、頑張っていきたいと思っています。



2013年5月16日

聞き手・写真:橋本悠



―小寺次郎さん略歴―


2005年3月 早稲田大学政治経済学部政治学科卒 
2007年3月 東京大学公共政策大学院卒
2007年4月 外務省入省
2007年5月 経済局政策課(北海道洞爺湖サミット)
2008年7月 国際法局経済条約課(日越・日スイスEPA)
2011年6月 スタンフォード大学にて国際政策学修士(国際安全保障協力専攻)取得
                 在米国大使館経済班配属
2013年5月  外務省大臣官房人事課



Proposed by>>>