-->
2013年6月3日月曜日


伊藤忠商事ワシントンDC事務所長

    

秋山勇さん                     




商社マンとして世界を舞台に活躍されてきた秋山さんから感じられるのは、真面目で飾らない魅力だ。「こういうのって緊張しちゃうんだよね、」とインタビュー前に言ってきらりと笑う。その手元には、A4の紙数枚にびっしりと書き込まれたこのインタビュー用のメモがあった。
そんな秋山さんにとってのチャンスは9年越しの格闘の末に訪れたものだった。そのチャンスをつかめたのは責任を貫く「粘り強さ」があったから。世界を舞台にドカンと大きな仕事をする商社マンの、葛藤に溢れた舞台裏を語っていただいた。




イメージとは違った本当の商社の姿

Q. 商社マンを目指されたきっかけは? 

私が入社試験を受けた1980年代前半は、まだ日本に高度成長期の余韻がありました。当時の日本の代表的なビジネス・モデルは、優れた技術と発想で作った素晴らしい製品を海外に輸出して外貨を稼ぎ、一方で日本にない資源を海外から確保するというものでした。このビジネス・モデルを実践している総合商社こそ日本の経済に活力をもたらしていると思ったんですよ。それにもともと海外と接点のある仕事をしたいと思っていたのもあって、商社に入社しました。

Q. 実際に入社されてみてイメージ通りでしたか?


イメージとかなり違った部分もありましたね。特に商社の仕事って意外と地味なんだなって思ったのを覚えています。私が初めて任された仕事はリビアのお客さん向けに書類を送る際の「送付状」を英語で書くことでした。一生懸命書き上げたんですが、なにしろビジネスレターなんて書くのは初めてだったから、課長に添削されて宛名以外は全部変えられてしまいました(笑)。

どんな仕事も派手な部分は表面だけで、実際やっているのは、一つ一つの細かくて地道な作業の積み上げだと思います。利益にしても、1件何十億円とかの大型契約よりも、目立たないけど継続している仕事の方が凄みがあります。例えば、最初の“送付状”の案件は建設を終えたガスタービン発電所のスペアパーツでしたが、1個1000円とかの部品を何百個売るという内容でした。



逃げなかった9年間


Q. 意外な商社の舞台裏ですね。そうした案件の中でも特に印象に残っているものは?

入社して3年目で配属された、ある中近東の国のプラント(=工場施設)建設の案件ですね。最初は凄く嬉しかったのですが、これが後に大赤字。工事が1日遅れるだけで何百万円という損失が出るので、何とか早く完成させて撤収しなければなりません。どんな仕事でも後ろ向きのことは一番厳しいんです。頭の中では逃げたいなーって言葉が常に巡ってました。でも心の底では絶対に自分が逃げちゃいかんと思い、言わば葛藤の連続でした。バブル景気で世の中全体が浮かれている頃でしたが私は全く無関係。結局その案件を9年担当しました。サラリーマン人生30何年間のうち9年間をずっとこの案件に費やしたんです。振り返るとすごく良い経験になっています。

Q. 9年間とは気が遠くなりそうですね。それでも逃げなかった責任感はどこから生まれたのでしょうか?

担当者として少しは意思決定にも関与して、この案件は自分の責任だっていう思い入れがすごく強かったのかもしれません。今考えてみると、若手に責任が取れる訳はないんですが。それに、一度契約で決めたことを途中で投げ出すことはルール違反になります。だから誰かが担当しなくてはいけないし、それをやるのは一番長く案件に関わってきた自分だと思ったんです。


チャンスを引き寄せた「粘り強さ」

Q. 9年間の努力がもたらした結果は?

実はこのプロジェクトの後、ロンドンに海外駐在することになりました。仕事の内容も含め、初の海外駐在の全てが自分には魅力ある仕事でした。一つのことをやり遂げたから、新たなチャレンジのチャンスを会社からもらえたのかなと思います。あの9年間の経験が、チャンスを引き寄せたのかもしれません。




Q. そのチャンスを引き寄せたご自身の強みは何だと思いますか?

自分は本当に不器用なんですよ。不器用だから一つのことを愚直にやるというか、こつこつとやるしかできない。粘り強さだけが、強みというよりか特徴だと思います。



誰かの利益を奪っても社会にプラスにはならない


Q. そんな秋山さんが考える商社マンにとっての「成功」とは?

会社の「目的」は利益を生みだすことです。ビジネスですからね。でも誰かの利益を奪って、相対的にこちらが儲かるだけでは、社会にはプラスになりません。だから社会全体に対して付加価値を生み出すことこそが、本質的な意味で「成功」だと思います。自分が9年間格闘し続けたプラントは今でもGoogleマップの衛星画像で上から見れるんですよ。現地の人の暮らしの役に立っていればいいなと思います。




2013年5月15日

聞き手・写真:橋本悠




―秋山勇さん略歴―

伊藤忠インターナショナル会社ワシントンDC事務所長。千葉県出身。
1982年伊藤忠商事入社。電機プラント部配属となり重電プラント輸出を担当。ヨルダン・リビア・エジプト・トルコ・サウジ・シリア等に加え、欧州・豪州・中国等のインフラ案件に従事。2002年以降は企画業務を担当。その後、欧州経営企画部長、海外市場部長代行等を歴任。2012年4月より現職。2度のロンドン駐在(1993~1998年、2006~2009年)を経て3回目の海外駐在。


Proposed by>>>